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看護師というのは、人の死に直面する仕事です。

個人的な考えですが、人間の死にはその人の人生が現れると思います。

そう言った意味で、看護師の仕事は「最も濃い生」と向き合う仕事だと言えるでしょう。

今回は末期の喉頭がん患者を看取った際の看護師Oさんの体験記です。

彼女は一体何を感じ、何を学んだのでしょう?

107588s私は新人の頃から大学病院の耳鼻科を含む混合病棟で働いておりました。

 

耳鼻科病棟というと、結構マイナーなイメージを持たれることが多いと思いますが、去年音楽プロデューサーのつんく♂さんも患った喉頭がんといった病気は耳鼻科の領域です。

 

声帯を失うため、人工喉頭の発声の訓練や呼吸困難になった場合の気管切開の管理など、高度な知識や技術が求められます。

 

がんというと、やはり肺や消化器といった器官にできる疾患が統計的には多いですが、喫煙や飲酒などの影響でのど(咽頭や喉頭)にできるがんもあるのです。

 

声枯れなどの症状が現れたりして早期に発見されることもありますが、無症状でそのまま腫瘍が増大してしまい、気道狭窄や嚥下困難という症状で初めて発見される方もおり、その場合は既に手術などの積極的治療は困難となってしまうこともあります。

 

私の思い出の患者さんは、その喉頭がんを患った50代男性の方(Aさん)でした。

 

Aさんは、入院してきた時にはもうすでに腫瘍で首がパンパンに腫れた状態で上がってきました。

 

呼吸困難を呈していたので、緊急の気管切開術を行い、喉に気管切開チューブを挿入しておりました。

 

医師の見解としては、手術は不適応。

 

腫瘍が大きすぎて首にある大きい動脈や神経を巻き込んでしまっていたのです。当然それだけ大きい腫瘍なので、抗癌剤や放射線治療も効果は期待できません。予後は約1ヶ月だろうと宣告されました。

 

Aさんは生活保護を受けており、一人暮らしでした。病気の母親と兄がいましたが絶縁状態で連絡はとっていなかったようです。

 

首の腫れは自分では気づいていたものの、大したものではないと自分で思い込んで過ごしていたようでした。

呼吸困難により、気管切開をしたAさん。

 

気管切開というのは、気道狭窄によって呼吸ができなくなってしまった場合、のどに通り道を作って呼吸困難な状態を解消するという治療です。

 

しかし気管切開をすると、声帯があるとしても空気がのどから抜けてしまうので声を発する事ができず、会話は不可能となってしまいます。

 

また、人間は1日に100ml気管粘膜から痰が分泌されると言われていますが、気管切開により分泌量も多くなり、自力での喀痰排出は難しく、切開部位からの痰の吸引が必須となります。頻繁に痰が溢れてしまう事もあるので、呼吸が辛くなることもあります。

 

さらに、Aさんは食事を摂ることもできません。

 

気管切開しているからというのもありますが、腫瘍の圧迫で食べ物がのどに通った刺激でいつ大出血を起こしてもおかしくないような状態だったのです。

 

Aさんの意識ははっきりしていましたから、ご本人の心中はあまりあるものだったと思います。

 

私はそのAさんの担当ナースでしたので、毎日病室に通っていました。

 

ちょうどナースになって2年目だったので病棟には少し慣れてきた時期だったのですが、喉頭がんでこのように腫瘍が大きくなってしまった方を担当するのは初めてでした。

 

すごく緊張していたのを覚えています。以前、担当ではなかった喉頭がんの患者さんが、腫瘍が破けて大出血を起こしてそのまま亡くなってしまったという事例があったのです。

 

今回Aさんには大いにそれが有りうるケースでしたので、そうなってしまった時に自分がどう対応できるのか、ということがとても不安でした。

 

しかし、会話のできないAさんと筆談でコミュニケーションをとるうちに、病気に対する諦めがあるものの、ご飯も食べられない、何もする気力もおきない、ただ1人で孤独に最後を迎えてしまうというAさんの寂しさを感じ、担当ナースとして少しでも辛さを取り除いてあげようという気持ちでいっぱいになったのでした。

 

筆談のコミュニケーションはとても時間がかかるのですが、なるべく聞いてあげようと忙しい中なんとか病室に行って話を聞いていたのを覚えています。

 

ある日、「Aさんが今一番したいことはなんですか」という質問をしました。

 

Aさんは「おもいっきりラーメンが食べたい」と震えた字で書きました。

 

言葉がつまりました。

 

やはりこのまま死ぬまで何も食べられないということが辛かったのでしょう。

 

何かできることはないかと先輩に相談したところ、「飴ならいいんじゃない?食べられなくても味わえるでしょ」という良いヒントを貰うことができました。

 

医師に許可をもらい、Aさんに飴を舐めるのはOKであるということを伝えたところ、少し嬉しそうな顔して「分かった、ありがとう」と飴を買いに行ったのでした。

 

その時、いつも辛そうなAさんの初めて良い表情が見られた瞬間でした。私は、自分が看護師をやっていて良かったな、とこの出来事があった時初めてそう思えたのです。

 

結局その1ヶ月後、Aさんは腫瘍からの出血などはありませんでしたが、呼吸困難が進んでしまい、最後は麻薬鎮痛剤などを使用して眠るように息を引き取りました。

 

Aさんから教わった事は、いくら業務が忙しくとも患者さんの心に寄り添う気持ちを忘れないということです。その後も患者さんと関わるときは、この人はどんな気持ちなのだろうか、自分だったらどう思うのか、という思いを大切にしています。