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転職活動を活動をする際、最もよく聞かれる質問の1つが「どうして看護師になろうと思ったのか?」という質問です。

どうして雇用者側はこの質問を必ずと言っていい程聞くのでしょうか?

それは、看護師になろうと思った動機にこそ、その人の看護師としての矜持が見られるからではないでしょうか?

今回は看護師Oさんが看護師になろうと思った理由を見てみましょう。

漠然と人の為に何かをする仕事をしたかった

 

248660s思い返せば、看護師になりたいと思うより先に「直接人のために何かをしてあげる仕事をしたい」と思っていました。

きっかけは、小学生の頃に養護老人ホームでボランティアを経験したことです。

ボランティアといっても小学生ですので、出来ることは限られています。

その日は、入所しているお年寄りとお話をして交流を深めることが目的でした。

車椅子に座っている人、寝ている人、会話ができない人、様々な人が入所していました。

見ず知らずのお年寄りと話すのは初めとても緊張しましたが、徐々に慣れていきました。

お年寄りも、私たちとお話するのが楽しそうな様子でした。

ボランティアの最後に広間でお礼のあいさつをしたとき、担任の先生が急に「みんなで歌を歌ってプレゼントしましょう」と言いました。

事前の打ち合わせはありませんでしたので驚いたし、急に歌えと言われても恥ずかしさがありなかなか声は出ません。

他のメンバーもきっと同じように思っていたのでしょう。

歌の出来は最悪でした。「なんで先生は急にこんなことを言ったのだろう」と、私は先生に対して怒りの感情を持っていました。

でも歌を聞いていたお年寄りの姿を見ると、泣いている人がいるではありませんか。

その姿にとても驚きました。おそらく、なかなか会えない孫の姿を思い出したのでしょう。

こんな歌で、なぜ涙を流すのか。小学生の私にとっては不思議で仕方ありませんでした。

私はこの出来事が忘れられませんでした。こんなことで喜んでもらえるなら、本気を出したらもっと喜んでもらえるのではないか。

自分が直接他人に何かをしてあげて、喜んでもらえるなんて最高な職業ではないか。自然とそう思うようになっていました。

 

看護師になることを決意した

 

この段階では職業はただ漠然と思い描いているだけでしたが、一番身近にその職業をしている人がいました。

それは母です。

母は看護師として病棟で働いていました。

看護学校卒業後、総合病院に就職し数年後父と結婚。

父の仕事の関係で遠くに引っ越さなければならず病院を退職しましたが、父の転勤で地元に再び戻ってくることができました。

その後まもなく父はまた転勤で、単身赴任をすることになりました。

すると母は、祖父母に私たち姉弟を預け再び病棟で働き始めました。三交代の勤務ですので、当然夜勤もあります。

祖父母と一緒に寝たことは数え切れません。土日も関係なく勤務ですので、学校行事に参加できないこともしばしばでした。

幼い私は、友達のお父さんお母さんは来てくれるのに何故うちは来てくれないのか理解出来ず、駄々をこねたことも多々ありました。「仕事が休めないから仕方ないんだよ」となだめる母や祖父母を困らせたり、祖父母に「来なくていい」と言ったりしたこともありました。でも寂しい思いをした一方で、看護師をしている母のことが自慢でもありました。人の命を守る、助ける仕事をしている母はかっこいいと思っていました。

ある日母に「将来、お母さんみたいに看護師になりたい」と話しました。

すると「絶対だめ。あなたには無理。看護師だけはやめなさい」と強く反対されました。

何故母が反対するのか理解できませんでしたが、小学生の私は「母が反対するなら仕方ない」と他の職業を目指すようになりました。

しかし高校生になり、自分の進路を現実的に考えたとき、やはり私は看護師になりたいと再び思うようになりました。

もう一度母に看護師になりたいことを話しましたが「あなたには無理」とやはり反対されてしまいました。

「やってみなきゃ分からないじゃない。勝手に決めつけないで」と母に反抗し、言い合いになったことが何度かありました。

そんなある日、祖母がこっそり教えてくれました。

「お母さんは、意地悪で反対しているわけじゃないんだよ。看護師の仕事は本当に大変なの。だからあなたにはさせたくないと思っているんだよ。」

実際に働いている母は本当に忙しく、仕事のある日の家事はほぼ祖母が行っていました。

子どもの目にうつる以上に、看護師の仕事は大変だったのでしょう。自分と同じ大変な思いを子どもにさせたくない。

そんな母心から反対していたのでした。それを知った私は嬉しくなると同時に、そういう理由ならやはり看護師は諦められないと思い、その後何度も母に話をしました。

するとついに母は根負けし、看護学校に進学することを許してくれたのでした。

「せっかく看護学校に行くなら、少しでも医療のレベルが高いところに行きなさい」と、地元から上京させてくれました。

寮に入りホームシックになったり、想像以上に厳しい看護学校の勉強にくじけそうになったりしたこともありました。

母に「お母さんがなんで看護師になるのを反対したのか、少し分かった気がする」と言ったら、「だから言ったでしょう」と母は苦笑いをしていました。必要以上に干渉することはなく、私から電話をすると話を聞いてくれたり時々野菜などの食べ物を送ってくれたり、静かに見守ってくれました。

そして無事に国家試験に合格し、看護師になることができました。看護師の仕事は母が言っていた通り大変です。でも、後悔したことは一度もありません。母は私の理想の看護師像ですし、私のわがままを許してくれたことに今でも感謝しています。